「データを読み取る」ということ:指標と原因

物事を理解する上で私たちは何かを基準にします。例えば、煙が上がっていれば、そこに火があると推測することができます。このように原因を推測できる目印を「指標」といいます。

「指標」直接的に原因をあらわすとは限りません。ですが、たちはそういった指標も直接「原因」とつなげてしまいがちです

こんな記事がありました。

Forbes Japan

「腕立て伏せと心臓の健康に関連性? 米国の消防士を対象に調査」

https://forbesjapan.com/articles/detail/25669/2/1/1

健康への意識が高まるなか、多様な研究から沢山の健康の「指標」が出てきています。

研究結果として以下のようなことが分かったそうです。

腕立て伏せを41回以上できた人は10回以下だった人と比べ、その後に心血管疾患を発症するリスクが96%低くなっていたことが分かった。また、このリスクは腕立て伏せの回数が10回以下の人と比べて、1120回の人の方が64%、2130回の人の方が84%、3140回の人の方が75%低くなっていた。

ちなみに、取り上げた調査で言っているのは心血管系の健康状態と将来のリスクについて評価するための簡易的な方法として、腕立て伏せテストを行うことができるのではないか」ということだそうです

これを見て腕立て伏せを始めようとしてい人がもしかしたらいるかも知れません。

「腕立て伏せ41回以上する→健康でいられる」といった思考をしている可能性があるからです

まさにこれ「指標を直接的に原因に結びつけてしまっている」ということです。

この記事を書いた方も以下のように前置きをされていますね。

基本的には利用可能な過去のデータを調べ、それらの関連性や相関関係の有無を明らかにしようと試みた後ろ向きコホート研究であることも覚えておかなければならない。

つまり、結果は入手できたデータに制限されるものであり、さまざまな因子を見落としている可能性もあるということだ。

腕立て伏せを41回以上できた人は10回以下だった人と比べ、その後に心血管疾患を発症するリスクが96%低い」というデータではありますが、「毎日運動やトレーニングを行なっている消防士は腕立て伏せを41回以上できる」と考えれば、心血管リスク低いのは不思議ではないはずです。

「データを読み取る」ということは物事を本質的に捉えるためには重要なことです。

つまり、「データを鵜呑みにするな」というより、「このデータは何を表しているのだろう」と思考をめぐら、想像するということが大事なんじゃないかなっていうことです。

逆に考えれば、あらゆるものが原因を示している可能性があり、どこに指標があるか分からないということですね

「関係ない」とは言いきれない繋がりがこの世界にはたくさんあると思います。

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